子連れLSE留学記(英国大学院留学)

2020年から子連れでLSEに留学している筆者の記録

56 LSE/MPA2年目・LT振り返り①(GI415)

GI415 Gender and European Welfare States

 

前期に履修したGI414と同じくGender Institutionが提供する科目で、福祉国家論とジェンダー両方に興味のある私にとっては、ドンピシャな授業だった。授業の流れは先日1週間のスケジュールという形でまとめたのでここでは省略する。

 

扱ったトピックは、フェミニストたちによるEsping Andersen批判(ジェンダーの視点の欠如、male breadwinner modelsなど)、ジェンダーと福祉政策におけるEUの役割(EUの部局再編によりジェンダーLGBTなどのマイノリティー政策のone of themになった)、労働政策とジェンダー、父性政策(父親を育児にどうコミットさせるか)、移民とジェンダーなどなど。

大学院らしいと言えばそうなのだが、講義ではコンセプトや論文を紹介するだけ、セミナーも基本は学生任せ(事前に指名されたファシリテーターが進行する)という感じで授業自体は正直期待外れだった。加えて、LTに大学教員が実施していたストライキに完全に参加する形で全11回の授業のうち3回は完全中止、使う予定だった講義用スライドを提供してくれと頼んでもストライキってそういうことじゃないからと断られる始末で、講師には申し訳ないが教育内容については、不満を感じた。

しかし、それを補ってあまりあったのが、リーディングリストの素晴らしさ。リーディングリストの論文を読むのが楽しみで、しかもいくつかは読んだ後、ちょっと感動するものもあったのは、初めての経験だった。

 

せっかくなので気に入った論文を少し紹介する。

 

Himmelweit, S. & Sigala, M., 2004. Choice and the Relationship between Identities and Behaviour for Mothers with Pre-School Children: Some Implications for Policy from a UK Study. Journal of social policy, 33(3), pp.455–478.

英国での母親の就労と育児に関する意思決定プロセスを明らかにした研究。意思決定には外的制約と内的制約があること、両者は互いに影響を与え合っており固定的なものではないこと、政策的には外的制約を取り除き母親の選択肢を増やすものが一番効果的であること、といってことが書かれている(と私は理解した)。

この論文が気に入っているところは、自分の体験に重なるところがあったからだ。日本で職場復帰し長子を保育園に通わせ始める際、自分自身が幼稚園に通っていてその前は家庭で保育されていたこともあり、こんな年端もいかない子を通わせるなんてと正直若干の葛藤があった(内的制約)。しかし、いざ通わせ始めると集団生活の中でどんどん成長しているさまを日々実感して、通わせてよかったと考えを改めた。私の理解では、この論文の核心は、本人の内的制約に反して何かを強制する政策は結局内的制約(アイデンティティ)を変えることができない、なぜなら人々は内的制約に反する行動を強制されているということで正当化できるからという主張であるが、まさに自分自身、強制されたわけではなく自身の選択として保育園に通わせた結果、当初は葛藤が生じたが、最終的には自身の内的制約が変わったという経験があったので、すごく納得した。

また、別の場面で、男性の育児休業について話をしていたとき、配偶者に育休を取って欲しかったけど、結局、取ってもらえなかった、「いっそ法律で強制にしてくれれば(職場との関係で)取りやすいのに」と言われた、という体験談を聞き、強制にするのは何か違うと思いつつ、当時はうまく言語化できなかったことがこの論文ですっきりした。

 

Lott, Y. & Klenner, C., 2018. Are the ideal worker and ideal parent norms about to change? The acceptance of part-time and parental leave at German workplaces. Community, work & family, 21(5), pp.564–580.

ドイツで国家政策として育児休業取得や時短勤務を勧めているのに、職場での「理想の労働者」規範が変わらないため、例えば、男性の育休取得が形式的なものになっている(育休は取得するけど、その前後では相変わらず長時間労働が求められ、育児に参加できない)ことを明らかにし、その原因として、職場での人手不足など経済的な要因が「理想の労働者」規範の変更を妨げていることを示唆している論文。

まさに日本も全く同じだよなーというのが一つ。それと、このトピックの別の論文ではアメリカの事例で個別企業の取組みには限界がある、国家政策が必要という提言がなされていたけど、国の政策が先か、個別企業(あるいは業界)の取組みが先か、なかなか悩ましい問題だよなというのがもう一つの感想。

個別企業が人手不足を理由に「理想の労働者」規範の変更を拒み、結果的に働きながら子どもを産み育てるのが難しくなり少子化が進行して、人手不足に拍車がかかるというのは「合成の誤謬」とでもいえばいいのだろうか。

 

最後は論文ではないが、リーディングリストにあった2014年のドキュメンタリー映画”Waiting for August”。15歳の少女を中心にルーマニアのある家族を1年弱撮影したもの。ルーマニアでは子どもを置いて親が外国に出稼ぎに行くことが一般的なようで、この家族も母親がイタリアに出稼ぎに行き(父親の描写はない)、その間、兄弟姉妹7人が一時的な孤児状態になる(保護者として同じアパートの別のフロアに祖母がいるが体調が悪いため子どもたちのいる部屋を訪れることができない、またアパートは狭く(1LDK?)祖母が同居できる状態ではない(子どもたちはベッドを共有して使っている))。

その間、15歳の少女は家事や他の兄弟姉妹の世話を一手に引き受け、自分の重要な試験勉強もままならない。彼女が年相応に振舞えるのは、友人たちと過ごす束の間の時間と母親との(通信状態が悪く時間も限られた)電話の間だけ。最後は夏になり母親が帰宅するところで締めくくられているが、ジェンダー的な視点で見ると、家事や他の兄弟姉妹の世話をするのは、女の子だけ(妹は料理を手伝ったりするが男の子は十分大きくてもテレビゲームをしたりテレビを見ているだけで家事を手伝うことはない)というのが印象的だった。また、英国もそうだが、先進国が移民として女性を多く受け入れ、彼女たちにケアワーカー(介護・育児)をさせることで、(先進国の)女性の社会進出が実現しているという構造もなかなか考えさせられる。

 

上にあげたものは私の限られた英語力に基づく理解に加え、触れたときから数か月経った現在の記憶に基づくものなので、一部不正確化もしれない。興味を持った方はぜひ原典にあたっていただきたい。